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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)11553号 判決 1992年11月13日

原告

甲野一郎

右法定代理人親権者母

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

吉田暉尚

被告

有限会社旭運輸

右代表者代表取締役

遠藤旭男

被告

浅田悌生

右被告ら訴訟代理人弁護士

小山晴樹

桑原収

渡辺実

堀内幸夫

右訴訟復代理人弁護士

青山正喜

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金二三七七万一三七二円及びこれに対する昭和五九年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一被告らは、各自、原告に対し、金四〇九七万七六三一円及びこれに対する昭和五九年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、玉突き追突事故の被害車両の運転者(当時妊娠中の女性)が後に男児(原告)を出産したが、右事故の影響で仮死状態で早産したことにより、原告に高度の難聴及び精神発達遅滞の後遺障害が生じたとして、加害車両の運転者である被告浅田に対しては民法七〇九条に基づき、同車の運行供用者である被告有限会社旭運輸に対しては自賠法三条に基づき、それぞれその損害(逸失利益及び後遺障害慰藉料)の賠償を求めた事案である。

一争いのない事実

1  本件事故の発生

甲野春子(旧姓乙川、原告の法定代理人親権者母)は、以下の交通事故に遭遇した。

(一) 事故の日時 昭和五九年九月二〇日午後三時二〇分ころ

場所 東京都世田谷区深沢二丁目一九番先路上

(二) 加害者 被告浅田悌生

加害車両 事業用普通貨物自動車(所沢一一あ一六三九)

(三) 被害者 甲野春子

(昭和二三年五月一九日生・本件事故当時三六歳)

被害車両 普通乗用自動車(品川三三ぬ四六七三)

(四) 事故の態様 被告浅田が加害車両を運転し、環七方面から深沢不動方面に向けて時速約五〇キロメートルで走行中、信号待ちのため停車しようとしていた被害車両の後部に追突し、被害車両はその衝撃で更にその前方に停車中の車両に追突する玉突き事故を惹起したもの。

2  甲野春子の受傷及び原告の出生

(一) 春子は、本件交通事故により、頸椎捻挫等の傷害を負い、搬送先の玉川病院に入院するなどしてその治療を受けた。

(二) また、春子は、本件事故当時、婚姻関係にあった夫乙川克美との間の子(第二子である原告)を懐胎しており、右事故後の昭和五九年一一月二七日、入院先の野田産婦人科において、原告(男児)を出産した。

3  責任原因

(一) 被告浅田は、前方注視を怠り、制限速度時速四〇キロメートルのところを時速約五〇キロメートルの速度で走行し、先行する被害車両が信号待ちのため停車しようとしていたのに気づかずこれに衝突して本件事故を惹起したもので、右事故によって生じた損害につき民法七〇九条による損害賠償責任がある。

(二) 被告有限会社旭運輸は、加害車両の所有者であり、同車を自己のために運行の用に供していたもので、右事故によって生じた損害につき自賠法三条による損害賠償責任がある。

二本件の争点

1  甲野春子が本件事故後に出産した原告に生じた障害と本件事故との間の相当因果関係の有無

原告は、「春子は妊娠七か月で早産し、未熟児として仮死状態で出生した原告には高度の難聴と精神発達遅滞の障害がもたらされたが、右の早産と原告の障害の原因はもっぱら本件交通事故にある」旨主張し、他方、被告は、「原告の右の障害と本件交通事故との間には相当因果関係を認めることは困難である」旨主張する。

2  損害額

第三争点に対する判断

一原告の障害と本件事故との因果関係等について

1  関係証拠(<書証番号略>、証人野田哲男・同徳光裕子の各証言及び原告法定代理人親権者母甲野春子の尋問結果)によれば、本件事故の態様、春子の妊娠から出産に至る経緯、原告の出産の状況及び出生後の障害の内容等について、以下の各事実が認められる。

(一) 春子は、昭和五五年一〇月三一日、乙川克美と結婚し、その後同人との間に長男憲明をもうけており(昭和五七年三月二六日生)、昭和五九年には第二子(原告)懐胎したが、本件事故に遭遇するまでは、母体・胎児とも特段の異常は見受けられなかった。

(二) 本件事故当日の昭和五九年九月二〇日午後三時二〇分ころ、被告浅田は、免許停止中であるにもかかわらず事業用普通貨物自動車(二トン車)を運転し、制限速度が時速四〇キロメートルの前記事故現場付近道路を、ちなみ運転の普通乗用自動車(被害車両。ベンツ)に追従してその後方約二〇メートルを時速約五〇キロメートルの速度で走行中、前方注視や先行車両の動静に対する注意を怠って脇見運転をしたため、被害車両が対面の赤信号に従って前車に続いて停止しようとしていたのを前方約4.65メートルに接近してようやく発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、被害車両後部に追突したうえ、その衝撃で同車を押し出して更にその前方に停止していた真弓晃男運転の普通乗用自動車に追突させた。

春子は、右事故により、頸部や腰部を打撲し、事故後救急車で搬送された玉川病院に入院し、以後同病院でその治療を受けた(同日付けで、頸椎捻挫・腰部挫傷で全治約二週間の見込みと診断されている)。

また、被害車両は、前後のバンパーやトランクルームが凹損するといった損傷を蒙った。

(三) 春子は、事故当日の九月二〇日から二週間にわたって玉川病院に入院したが、頭痛・頸部痛・腰痛のほか、子宮収縮によるとみられる腹部の緊張がしばしば認められ、疼痛は軽減したものの切迫流産のおそれがあったため、同年一〇月三日、かかりつけの野田産婦人科に転院した(なお、頸椎捻挫等の直接の受傷については、玉川病院において、同日付けで治癒したとの診断がなされている)。

野田産婦人科では、春子に性器出血があり、頸部痛や腰痛のほか、切迫流産や早産によくある症状の下腹部痛を訴えていたこと(入院中には下腹部の緊迫感も認められている)などから切迫流産のおそれが認められたため、流産予防の注射等の投薬治療を受け、下腹部痛はかなり軽快し性器出血もおさまったため、一〇月一三日、安静を保つことを指示されていったん同病院を退院し、その後、数回にわたって同病院に通院していたが、同年一一月二五日、同病院に再入院し、一一月二七日、自然分娩の方法で原告を出産した。

(四) 原告は、出産予定日が昭和六〇年二月九日であったが、妊娠二八週、第八月の早産で、出生時の体重は一〇四八グラムの低体重児で仮死状態であったこともあり、ただちに国立小児病院に搬送されて緊急入院し、呼吸困難・チアノーゼが著明の状態から呼吸窮迫症候群と診断され(肺の成熟が不十分な低体重児に特有な症状であるとされる)、これを改善させるための治療を受け、昭和六〇年三月二九日になってようやく退院した。

そして、昭和六一年二月に国立小児病院で行われた聴力等の検査の結果、鼓膜は正常であったものの、会話域で平均八〇デシベルの難聴であることが判明し、両側高度聴覚障害と診断された。

また、その後の医師徳光裕子の検査によれば、全周波数域で八〇デシベル以上の聴力損失が認められている。

そして、その他の各検査によれば、聴覚障害のほか言語発達遅滞及び精神発達遅滞が認められ(なお、CTスキャンでは脳などに器質的な異常所見は認められていない)、三歳一一か月の時点で、言語発達は著しく遅れ一歳六か月ないし九か月程度、言語発達を除く精神発達は二歳三か月ないし二歳六か月程度で、知能指数IQは六〇ないし六九程度と判定されており、その後も補聴器による聴覚訓練等の措置が続けられ、難聴幼児通園施設で教育を受けるなどし、また、東京都から感音性難聴による身体障害程度等級三級(右九八デシベル・左一〇二デシベル)が認定された身体障害者手帳を交付されている。

2  原告の障害の原因等についての専門医らの所見

(一) 社会福祉法人富士見会理事長医師徳光裕子は、「在胎週二六週ないし二七週の男児の体重の平均値は一〇六五グラム(標準偏差二九七)であることから、原告の出生までの胎内での発育状態は正常であったと思われる」としたうえで、本件交通事故と早産との関係について、「本件事故により切迫流産の危険が発生し玉川病院と野田産婦人科に入院してそのための治療を受け、退院後も通院治療を継続していたこと、性器出血が停止しても流産や早産のおそれが全くなくなるわけではないこと(止血してもその原因が完治したとは限らず、退院後安静が困難な日常生活に戻って早産や流産が起ることがしばしばみられる)などからして、春子の早産は、本件交通事故による切迫流産の原因が継続していたものとみるのが妥当であり、したがって、因果関係の存在する蓋然性はきわめて高いものと思われる」とし、また、早産と原告の高度難聴との関係についても、「未熟児が感音性難聴になる比率はきわめて高いこと、仮死状態での出産は脳の酸素欠乏状態が継続することにより高度難聴や精神運動発達遅滞となる確率が高いこと、原告には高度難聴と精神発達遅滞の双方が生じていることから、仮死状態で出生したことによってこれらが生じたものとみるのがむしろ自然であると思われる。したがって、原告の高度難聴と精神運動発達遅滞は、早産で未熟児であったこと及び出産時に仮死状態(脳の酸素欠乏状態)であったことが原因となっていると思われる」とし、これらを踏まえて、結局、「原告の高度難聴及び精神運動発達遅滞は、本件交通事故に起因している蓋然性がきわめて高いと思われる」旨の所見を示している(<書証番号略>及び同人の証言)。

(二) また、国立小児病院耳鼻咽喉科医師古賀慶次郎は、「難聴の原因は推定の域を出ないが、低体重(二五〇〇グラム以下)出生の場合、先天性難聴の発症が普通の一〇倍になるので、可能性として、低体重が何らかの誘因となって難聴が発生したことは考えられる。」旨の所見を示している(<書証番号略>)。

(三) そして、春子の第一子憲明と第二子原告の双方の妊娠・分娩に関与した野田産婦人科の医師野田哲男は、春子の本件交通事故による受傷と原告の早産との関係について、断定は困難であるとしながらも、「第一子憲明の場合には妊娠中の経過が順調であったうえ、原告の場合にも本件交通事故前には特段の異常がなく、事故後になって腹痛等の異常が出現していることなどから判断して、充分に関連があったものと思料する」旨の所見を示している(<書証番号略>及び同人の証言)。

3 以上の事実関係と専門医の所見等を併せ考えると、春子の妊娠の経過には、本件交通事故に遭うまでは特段の異常もなく、原告は春子の母体内で順調に成育していたものと認められること、また、本件事故の態様は、時速約五〇キロメートルもの速度で走行中の二トン車に至近距離から追突されたうえ前車にも玉突き追突したというもので、その衝突の衝撃は相当強度であったものと推察されること(なお、春子は腹部を直接打撲してはいないものの腰部に挫傷を受けている)、右事故後、これまでは異常がなかった春子に性器出血・腹部の緊張・下腹部痛等の異常が出現し、結局早産により原告が仮死状態の未熟児として出生するに至ったこと、そしてこのような出生の場合、原告にみられたような高度の難聴や精神発達遅滞が生じる確率が正常な出産に比して相当高いことが医学上も肯定されていることなどの諸事情からみれば、本件交通事故における衝突の衝撃が春子の妊娠に悪影響を及ぼし、これによる早産と未成熟かつ仮死状態での出生によって原告に高度の感音性難聴と精神発達遅滞を生ぜしめたものと認めることができるのであって、以上によれば、本件交通事故とこれによる春子の受傷及び原告の右障害の発生との間には相当因果関係を十分に肯定することができる(なお、<書証番号略>によれば、春子は、第一子憲明の出産の際にも、予定日が昭和五七年四月二四日であったにもかかわらず、その約一か月前の同年三月二六日に出産していたこと(妊娠第三五週で第九月。通常は三七週から四二週程度とされている)が認められるが、同書証及び憲明の出産にも関与した証人野田哲男の証言によれば、憲明の場合、早産にしても出生時の体重が二七五〇グラムと正常域にあったうえ、妊娠中の経過や分娩の状況にも特段の異常はみられなかったというのであるから、この憲明の早産という一事をもって、春子自身に早産や流産をしやすい体質等の要因があってこれが原告の早産をもたらしたものと推認することはできない)。

他に、右の事実認定及びこれを前提とする判断を覆すに足りる証拠はない。

二原告の損害

1  逸失利益

金一七七七万一三七二円

(原告の主張 金二七二四万七六三一円)

前認定の事実関係のうち、原告に生じている後遺障害の内容(高度の感音性難聴及び精神発達遅滞)からすると、その障害の程度は、自賠法施行令二条別表の第四級に相当するものと判断される。

そして、前掲各証拠によれば、聴力自体には改善の可能性はほとんどみられないものの、原告は、比較的早期の時点から、難聴や精神発達遅滞の幼児・児童のための専門的施設で教育・訓練を受けていることが認められることから、その将来の労働に従事する年齢に達した際の労働能力の低下やこれに伴う収入減については、通常人に比して六〇パーセントが減じられたものと認めるのが相当である。

そして、原告が援用する昭和五八年度賃金センサス男子労働者(全年齢・学歴計)の平均年収額金三九二万三三〇〇円を基礎収入とし、一八歳から六七歳までの就労可能な四九年間についての減収分(六〇パーセント)をライプニッツ係数7.5495(六七年の19.2390から一八年の11.6895を減じたもの)を用い中間利息を控除して算出すると、金一七七七万一三七二円となる(一円未満切り捨て)。

392万3300円×0.6×7.5495

=1777万1372円

2  後遺障害慰藉料

金六〇〇万〇〇〇〇円

(原告の主張 金一三七三万〇〇〇〇円)

前示の原告の後遺障害の内容・程度のほか、本件事故の態様(特に被害者側には全く落度がないうえ、被告浅田は免許停止中に運送会社に就職して日常的に運転業務に就いていたあげく本件事故を惹起したことの悪質性)などをも併せ考えると、原告の蒙った精神的損害に対する慰藉料としては、金六〇〇万円が相当である。

第四結論

以上の次第であるから、被告らは、各自、原告に対し、右損害額の合計額である金二三七七万一三七二円について、本件事故発生の翌日である昭和五九年九月二一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を付加して支払うべきである。

(裁判官嶋原文雄)

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